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盛岡地方裁判所 昭和33年(わ)31号 判決

被告人 菅原公吉

主文

被告人を懲役一〇月に処する。

未決勾留日数のうち一二〇日を右本刑に算入する。

訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

(事実)

被告人は、昭和一九年八月岩手県巡査に任命され同二三年巡査部長に昇進し、同三二年一〇月以降岩手県警察本部警務部教養課に勤務し同三三年三月一〇日懲戒免職となつたものであるが、

第一、昭和三三年一月六日夜から翌七日午前六時頃までの間に肩書本籍地の生家において、上閉伊郡宮守村役場書記多田行隆が収税してその所有のズック製中古手提カバン(証第一号)の中に保管していた宮守村宛振出人東北砂鉄鉱業株式会社岩根橋工場長林黄二、支払人株式会社岩手殖産銀行花巻支店、額面五一、六五〇円の小切手一枚(証第二号)及び現金一三、四二〇円を取り出して窃取し、

第二、同月一五日午前一〇時頃上閉伊郡宮守村大字下宮守第二九地割一三〇番地株式会社似内呉服店において、小学校時代の同級生似内潤壱に対し何ら返済する意思及び能力がないのにあるように装い、「人を助けるために必要だから一〇万円貸してもらいたい、一月二〇日には必ず返す」と虚構の事実を申し向け、同人をしてその旨誤信させ、よつてその頃右呉服店において同人から貸借名義の下に八〇、〇〇〇円の交付を受けてこれを騙取し、

第三、同年二月二四日午前一〇時頃盛岡市所在の盛岡地方(区)検察庁において、盛岡区検察庁に罰金五、〇〇〇円を納めにきた顔見知りの井上精一に対し、真実納めてやる意思がないのにあるように装い「その罰金は俺が納めてやる」と申し向け、同人をして被告人は警察官でもあるから間違いなく代つて納めてくれるものと誤信させ、よつてすぐその場で罰金納付名義の下に五、〇〇〇円を交付させてこれを騙取し、

第四、同月二五日午後一一時頃盛岡駅前石川旅館において、食料品販売業吉田善之助に対し、同人が公金横領事件で取調べを受け新聞に発表されたりなどしたため金策ができずに苦慮しているのに乗じ、何ら融資してやる能力や融資を斡旋してやる意思がないのにかかわらずあるように装い同人の申出どおり明二六日六万円、二七日二〇万円融資してやる、そのためには見せ金として三〇、〇〇〇円必要だから交付されたい旨申し向け、同人をして被告人は警察官であるし真実親切心から申出どおり融資を世話してくれるものと誤信させ、よつて翌二六日午前〇時半頃盛岡市八幡町四番地の一同人方において同人から見せ金名義の下に三〇、〇〇〇円の交付を受けてこれを騙取し

たものである。

(証拠)(略)

(弁護人の主張に対する判断)

弁護人は公訴(一)事実につき被告人が起訴状記載の如く手提カバンから小切手と現金を抜き取つたとしても当時被告人は右小切手、現金在中のカバンを占有していたものであるから横領罪の成立は格別窃盗罪は成立しない旨主張する。

この点につき被告人が右小切手および現金をカバンから取り出したことは判示第一の通りであるところ、この取り出し行為は前掲判示第一事実認定に引用の証拠により被告人が右カバンを宮守駅前千代旅館から判示生家へ持つて行きこれを所持している間になされ、しかも当時多田は同カバンに施錠その他何等の封緘方法を施していなかつたことが明かであるから弁護人の右主張は一応理由あるかにみえる。しかし右証拠によれば被告人は千代旅館玄関で靴をはこうとしていた多田を、おれの家へ行こうとその生家に誘い一緒に来訪するものと考えて同旅館玄関先に置いてあつたカバンを持ち帰つたものであり、他方多田は格別被告人に右カバンを預けるとかその他保管を依頼したこともなく、誘われたが被告人方を訪れる考もなく被告人が右の如くカバンを持ち去つたのでこれを取り返えそうと続いて外へ出たが知人に出会つて立話している間に被告人の姿を見失い、その付近を探し廻つたが見当らず、夜も更けたので翌早朝被告人生家を訪れることにして同夜一〇時頃帰宅し翌朝、八時頃被告人生家に行つたところ被告人は既に盛岡へ発つた後だつたので更に被告人が何処かへ預けておいてくれたろうと心当りを探し歩き終始熱心に追求していたことが認められる。かかる事実よりすれば被告人の右カバンの所持は全く好意的一時的のもので多田の右カバンに対する占有の補助的地位を占めるに過ぎず、多田のカバンに対する事実的支配ないし監視は未だ喪失しないものと解するを相当とする。

したがつて被告人の判示小切手等の取り出し所為は窃盗罪に当るべく右弁護人主張はその理由なきものである。

(適条)

被告人の判示所為中第一の事実は刑法第二三五条に、その余の事実は各同法第二四六条第一項に該当するところ、以上は同法第四五条前段の併合罪であるから同法第四七条本文第一〇条により最も犯情の重いと認める判示第四の詐欺罪の刑に併合罪の加重をした刑期範囲内で被告人を懲役一〇月に処し、同法第二一条により未決勾留日数のうち一二〇日を右本刑に算入し、訴訟費用については刑事訴訟法第一八一条第一項本文を適用して全部これを被告人の負担とする。

被告人の本件犯行は被告人は警察官の現職にあつて一般国民から最も信頼される地位にあつたのを奇貨としその国民的信頼を利用したもので誠に悪質といわなくてはならない。しかも犯行後今日に至るも何等悔悛の情を認むべきものなく、被害につき弁償或は示談の成立したことは認められるもなお被告人の当公廷における態度よりすれば悔悛の情の現れとは到底解することができない。かかる情状よりしてこの種財産犯においては被害弁償、示談により被害者の感情の和らいだことも推知できるし、被告人は本件犯行により懲戒免職となりその職を失つたものでもあるがこれを考慮に入れるもなお被告人に対しては刑の執行猶予を許容さるべきではない。

(裁判官 降矢艮 瀬戸正二 矢吹輝夫)

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